【ドイツ知識】カリーヴルスト(Curry wurst)の歴史

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こんにちは、ドンキーです!

今日は、ドイツと言ったら必ず挙げられる名物料理カリーヴルスト(Curry wurst)について紹介させていただきます。

  • 【ドイツ知識】カリーヴルスト(Curry wurst)
  • 今日の小話:ドイツの古い建物

【ドイツ知識】カリーヴルスト(Curry wurst)

今日は、カリーヴルストのお話です。

カリーヴルストは言わずと知れたドイツの有名料理です

一番オーソドックスなカリーヴルストはこんな感じです。

フライドポテト・カットソーセージの上にカリーヴルストソース(Chillup)がかかっているかんじです。

カリーヴルストはドイツへの旅行客などの目線ではドイツの伝統料理というイメージですが、歴史を考えた時、ドイツ国民にとってはベルリンの戦後復興の象徴的な食べ物です。

カリーヴルストの歴史

カリーヴルストの歴史に関する説は複数あるのですが、一番有力な説は、ドイツの西ベルリンでソーセージ屋台を経営していたHerta Heuwer(ヘルタ・ホイヴァ―)という女性が発明したというものです。

彼女は、1913年にKönigsberg(ケーニッヒスベルク)という町に生まれ、その町は13世紀頃の戦争等により大半が破壊されてしまっていた町ですが、第二次世界大戦でほぼ全壊してしまいました。そして1946年、Königsbergは東ドイツに統治されると同時に、公式にKaliningrad(カリーニングラード)と名前が変更されました。

Herta Heuwerは戦争で荒れ果てた町で生活をしていく中で、暗い未来を変えたいと考えており、その第一歩として、ファストフード店をオープンさせました。

1949年、Herta Heuwerはイギリス人兵士からケチャップカレー粉を配給で受け取り、この材料で何か作れないかと考え、試行錯誤を繰り返した始めました。

その結果、1951年、イギリス人兵士から受け取ったケチャップとカレー粉とほかの材料(worshteshtersauce:ウスターソース)を混ぜることでChillupという、後にカリーヴルストのソースとなるレシピを思いつきました。

彼女のストリートフードが売られていたのは、Charlottenburg(シャルロッテンブルク)でした。彼女の売店は週に10,000セットのカリーヴルストの売り上げを記録し、1974年まで販売し続けました。

今日では、カリーヴルストはベルリンのみならず、ドイツ全体で販売されており、ドイツにおけるカリーヴルスト店はニューヨークにおけるスターバックスと同じような存在と言われるようにまでなっています。

ドイツの首都ベルリンでは年間7000万セットのカリーヴルストが売れ、ドイツ全体では年間なんと8億セット売れています。

Wolfburgにあるフォルクスワーゲンでは、従業員に特別なカリーヴルストを提供しているそうです。

※ちなみに、ドイツの首都ベルリンには、カリーヴルストの歴史を知ることができる「Currywurst
Museum(カリーヴルスト博物館)」というのがあったんですけど、2018年12月21日に閉館になっています。

カリーヴルストのおススメの店とかよく聞かれるんですけど、正直そこまで違いはないです。笑

ドンキー的には、イベント等の出店のカリーヴルストが美味しいと思います!

夏祭りの焼きそばがいつもの焼きそばより美味しいっていうあの感じです。笑

今日の小話:ドイツの古い建物

今日の小話です!

先日北ドイツのハンブルク訪問時、Speicher Stadt(倉庫街)の近くの裏道で上の写真のような建物に遭遇しました。

注目していただきたいのは、奥ではなく手前の入り口。

手前のレンガとかドアは塗り替えられてしまっていますが、ドイツ人の友達曰く、この低い入り口が昔の北ドイツの昔の入り口のサイズだそうです。

ドンキーの身長は176cmですが、少しかがまないと入れないくらい小さいサイズです。

北ドイツのハンブルクのみならずドイツ全体で、新旧の建物が入り混じった町は多々あります。

昔のドイツの街並みはどのような表情をしていたのか、そして今のドイツはどのよな発展を遂げたか。そういう点を意識しながら、ドイツ旅行などを楽しむのもまた楽しいと思います!

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今日もありがとうございました!

また明日の記事でお会いしましょう!

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